第3回電聖戦を取材して           

  趙治勲25世本因坊、4子で負け、3子で勝つ!!

はじめに
 碁ルネッサンス(GoR)は「個の重視・個の繋がり」を基本に、インターネットを利用した囲碁普及の提案を行うシンクタンクです。GoRは2015年2月7日、「日仏港湾都市インターネット囲碁交流」を開催し、日仏の若者同士で囲碁交流を行いました。今後は、この交流をどう発展させるかがGoRにとって検討すべき主要なテーマの一つとなっております。

 電気通信大学(UEC; University of Electro-Communications )では、囲碁ソフトが覇を競うUEC杯や、優秀な成績を収めた囲碁プログラムがプロと対局する電聖戦が例年行われております。奇しくも、この電聖戦には毎回フランスの RemiCoulom氏が開発を手がけるCrazy Stoneが参加しています。「インターネット」と「フランス」という共通項に並々ならぬ縁を感じた我々は、今回取材を申し込むに至りました。

注1)第3回電聖戦の録画はこちらのニコニコ動画でご覧いただけます。
注2報告には、聞き違いや不適切な表現、などが含まれているかもしれません。その場合は予めご容赦のほどお願いいたします。

取材の観点
(1)2045年問題
 コンピュータの中央演算処理装置(CPU)のトランジスターの数は1.5年毎に倍になるというムーアの法則が今後も持続すると仮定すると、10年もすれば CPU上のトランジスターの数は人間の大脳の神経細胞数(100〜数100億個)を上回ります。コンピュータが全人類の知能を追い越してしまい、将来予測が困難になる時(シンギュラリティという)、それが2045年頃に訪れるのではないかと言われています。このとき、コンピュータには人間でいうところの「人格」という機能を有するようになっているかもしません。人とコンピュータの関係や、人間の在り方はどのように変化しているのか、大変興味深いテーマです。

(2)科学と文学が記述できること・できないこと
 国立情報学研究所の新井紀子教授が瀬名秀明氏の著書「エブリブレス」について解説した標題の記事がここに掲載されています。
 AI(Artificial Intelligence, 人工知能)という分野が明確な形で誕生したのは、1956年夏のダートマス会議でした。ここから、コンピュータと共棲する社会の具体的なイメージが「当然起こる未来」として科学者から語られるようになりました。しかし、遡ってみると、人工知能の企てはデカルト的な近代科学・ヒューム的な近代哲学に行き着きます。「人工知能が可能か」という問いは、デカルトやホッブスの末裔である近代合理主義と、ヒュームの末裔である経験主義のどちらが「真の世界」に近いのかを三百年の時空を超えて問うテーマだともいえるでしょう。

(3)コンピュータが仕事を奪う
 2013年5月の日経新聞に、「コンピュータが仕事を奪う」というタイトルで国立情報学研究所の新井紀子教授の記事(上回)と東京大学の柳川範之教授の記事(下回)が掲載されました。ここでは前者に着目した取材の観点を示します。
 将棋プログラムとプロ棋士との団体戦「第2回将棋電王戦」は将棋ソフトが3勝1敗で勝利を収めました。どれほどハードウェアが向上しようと合理的な着手の基準を持たないコンピュータはプロには勝てない…こうした楽観論は打ち砕かれました。確かに、コンピュータはひらめきを持ち合わせていないでしょう。しかし、コンピュータは「データ(将棋の場合、プロ棋士の棋譜)」と「機械学習」によってそれに類するものを手に入れました。棋譜を取り込み、プロの指した手を価値が高い手として認識する評価関数を作成し、調整したのです。コンピュータはその判断が正しいとされる根拠を知る必要がありません。ただ、過去に下された「正しい判断」を模倣すればよいのです。
 機械学習の登場は新しい仕事を創出する一方で、これまであった多くの仕事を奪っています。この流れは今後も急速に進むでしょう。しかし、単純にコンピュータに取って替わられた労働力を新しい産業に移動すればよいというものではありません。日本もうかうかしていられないのです。理由としては以下の3つが挙げられます。
機械に代替できない「高度人材(データアナリスト)」を教育するための効果的な手法が見つかっていません。
機械学習の精度はデータ量に依存すると考えられています。しかし、日本企業はデータ量で米国企業に大きく水をあけられています。しかも、機械学習によりデータから導出された「関数」は公開されません。
現在の人工知能もロボット技術も進歩したとはいえ極めて未熟であり、コンピュータが「そこそこ」の仕事を代替するようになった結果、労働が高度にクリエティビティを要求される仕事と教育を受けなくても誰もが自然にできる仕事に二分されてしまいます。

(4)趙治勲25世本因坊はコンピュータにどんな接し方をするか
 今回の電聖戦は対局者として趙治勲25世本因坊、解説者として依田紀基九段、聞き手として吉原由香里六段、立会人として王銘エン九段と、4名のプロ棋士が参加されています。各棋士が、囲碁プログラムに技術的・感情的にどのように接するか興味深いです。

直近の関連市場概観
@ 日本郵政、アップル・IBMの人工知能技術を「郵便局のみまもりサービス」や生命保険の申請業務に適用する。(日経15/04/30)
A 日立、16年度以降の研究開発投資を3割増しの5000億円。ビッグデータなどのIT技術とインフラ事業を融合した新ビジネスには、中核となるAI、ロボット、センサーなどの開発投資を3倍にする。(日経 15/05/18)
B ソニー、表情やしぐさから人の感情をとらえる「感情センシング」と呼ぶ画像センサーで人の感情をとらえる技術の実用化に向け研究に乗り出した(日経 15/0519)。
C 経産省はAIの普及に備え、経済や法制度への影響と課題を洗い出す研究拠点を設置する。人手不足の緩和、生産性向上、人間の仕事が奪われる、自動運転事故の法的責任、AIと倫理などのテーマがある。(日経 15/05/29)
D グーグル、次期アンドロイド「アンドロイドM」を公開。AIを応用して関連情報を提示する検索機能「ナウ・オン・タップ」などに対応する。(日経 15/05/29)

E グーグルのラリー・ペイジCEOは会社綱領の改定を検討している。単なる検索エンジン業者としての綱領では実態に合わなくなり「世界中のすべての情報を整理して、誰でも使えるようにする」というもの。技術面で支えるのがAIである。背景にはビッグデータの発達やIoT(Internet of Things)の普及がある。脳科学、認知科学などを結集し、自動運転、ロボット、サプライチェーン、遺伝子解析等のあらゆる領域にビジネスを拡大しようとしている(東洋経済 15/06/13号)。

開催イベント情報
(1)日時
 2015年3月17日(火) 13:00〜

(2)会場
 〒182-8585東京都調布市調布ヶ丘1-5-1
 国立大学法人 電気通信大学 西9号館1階 135大講義室

(3)主催
 電気通信大学エンターテインメントと認知科学ステーション

(4)協賛
 株式会社囲碁将棋チャンネル

(5)後援
 公益財団法人 日本棋院一般社団法人 人工知能学会コンピュータ囲碁フォーラム

(6)動画放送
 囲碁・将棋チャンネルにより、竜星囲碁チャンネルにおいて生放送が行われました。

(7)対局条件
 今回優勝したCSは、過去4子で2連勝しているので3子で、韓国のイム・ジェボムさんが開発した準優勝のDolBaram(以下、DBと略称)は初出場なので4子で対局した。

取材内容

(1)オープニング
 )インデックス写真をクリックすると拡大写真が表示されます。
 電気通信大学エンターテインメントと認知科学ステーションの代表で本大会の運営委員長である伊藤毅志助教から以下のご挨拶がありました。ご挨拶の前後に、会場の皆さんへの感謝、後援者への感謝が述べられました。
UEC杯コンピュータ囲碁大会は2006年から、電聖戦は今回3回目です。進歩のためにはコンペが必要で、日本棋院さんのご協力に感謝しています。
AI、認知科学の発展に寄与したいと考えています。AIは囲碁では未だ人に勝てないので、対局を通してAIの欠点を明らかにしていきたいです。

 対局を前に、対局者のご紹介がありました。英語の通訳は、情報理工学研究科の村松正和教授でした。
趙治勲25世本因坊----『対局は初めて。最近人に勝てないので、その腹いせにココンピュータに勝ちたい(爆笑)。決勝の棋譜を見るとCSは序盤、中盤に強い。ココンピュータには波があるようだ。4子は指導碁で負けて喜んでもらえる、3子は趙治勲は弱いと言われないように負けない。でも、ココンピュータは負けても喜んでくれないので、コンピュータ・キラーの趙治勲で行きたい(笑)。』
RemiCoulom----『趙治勲さんと打てて幸せ。準備はしてきている(笑)。強くなっているが3子では難しいかも。』
イム・ジェボム----『尊敬する趙治勲さんと打てて光栄。3年前Zen(*)が強くなっているのを見て今回参加。DolBaramは「石」と「風」の意味。』
 動画放送の設備は会場の後尾に設置されています。対局場は別室にあり、対局の様子は会場正面の大型スクリーンに表示されます。
(*)昨年優勝した日本のプログラム。

(2) 対局
 伊藤先生から、解説者の依田紀基九段、聞き手の吉原由香里六段のご紹介がありました。
依田九段----『昨年は私はかなり準備をして対局しましたが、趙先生は能天気でいるようで心配です(笑)。趙先生はアマチュアには3子では負けないと言っていましたが、将棋の故米長邦雄将棋連盟会長に負けていますね。忘れてしまったのでしょうか(笑)。コンピュータがテリトリーに入って来ない性質があることは知っている方がよい。』

吉原六段----『張栩九段のお宅を訪問した時、「最強の囲碁」との9路盤対局を奨められ、緊張したので負けてしまった。後日、ゆっくり対局したら勝てた。コンピュータと感じさせないくらい強くなっている。』
 棋譜は以下をご覧ください。
1局:DolBaramの中押し勝ち ----4子局 DolBaramの250手 中押し勝ち
第2局:25世本因坊治勲の中押し勝ち ----3子局 趙治勲25世本因坊の185手 中押し勝ち

対局の注目点は(4)に示します。
 DolBaramとの対局後の感想戦は村松教授の司会で進められました。
趙治勲25世本因坊----『右上隅で黒が間違えた後、上辺のノゾキ黒38以降は強かったですね。白は、上辺H14(黒116)のところを先に接いで手数を伸ばすべきでした。また、左下の黒は、P05(白161)の手で取れていました。相手に気づかれないように得をしてから後で打とうなど根性が悪かったですね。みなさんはこんな根性の悪いことをやってはいけません。清くは正しく打ちましょう(笑)。』
イム・ジェボム----『打てて光栄と思っている先生に勝ててうれしい。コンピュータの勝率は最初からよかったです(笑)。黒116で先生の表情が悪かったので勝てると思いました(笑)。』
 Crazy Stoneとの対局後の感想戦は村松教授の司会で進められました。
趙治勲25世本因坊----『1局目を反省し清く正しく打ちました(笑)。左下隅の白のツケ引きがいい手でした(笑)。中央下辺も、左下も慎重に打ちました。』
R. Coulom----『左下隅の下りを読めなかったプログラムに怒っています(笑)。来年までに直したいですね。コンピュータは自分から投了することができますが、今回は私が投了しました。』

(3) エンディング

 伊藤助教から以下のご挨拶がありました。
『1勝1負でよかったが、3子はまだ難しくブレークスルーが要るようだ。競い合うことが必要でCrazy Stone、Zenに続いてDolBaramが出てきたのはよいことです。いろいろな方のご支援に感謝、来年も続けたい。』

 来賓として、日本棋院の王銘エン九段から以下のご挨拶がありました。
『立会人として楽しみました。次回は台湾から選手としてプログラムと共に参加することを決めています。電聖戦に出られるように頑張りたい。』
 福田学長から、以下のご挨拶がありました。
囲碁の先生方、コンピュータも(笑)今日はご苦労様でした、TVチャンネル、日本棋院などのご協力に感謝します。
UECは人、物、情報、エネルギーの流れをトータルに捉える「総合コミュニケーション科学」をコア・コンピタスとして謳っています。
ゲーム情報学」はその内の一つで、AIや認知科学に関連し、今日のイベントはベンチマークとして協力頂いています。
政府は再来年から始まる「第5期科学技術基本方針」を作成中で、「超サイバー社会」が主要なテーマで、これに大きく関連します。
個人的には、ゲーム情報学を大学経営に役立ててほしいと思っています。伊藤先生よろしくお願いします。
 第1局目に勝利されたイム・ジェボムさんに、
伊藤助教から賞状
(株)囲碁・将棋チャンネルの勝俣取締役から目録
が授与されました。
 第2局目に勝利された趙治勲25世本因坊に、
伊藤助教から賞状
(株)囲碁・将棋チャンネルの勝俣取締役から目録が授与されました。
 来賓として、(株)囲碁将棋チャンネルの勝俣取締役から、以下のご挨拶がありました。
『プロ棋士の「凄さ」をコンピュータの「凄さ」に勝つことで伝えたいと、伊藤先生の提案にご協力しています。今後とも皆様と一緒に応援して行きたいと思っております』
 来賓として、人工知能学会会長の松原教授から、以下のご挨拶がありました。
『今日の対局で課題が見つかりました。コンピュータ同士だと問題が分かりにくいのです。囲碁はAI分野における優れたテーマで、ゲーム情報学の最後の食べる糧になっているがあまり長い時間をかけてはいられません。第2局をみると未だ時間はかかりそうです。碁がうまく行けば他に活かせるが、学長の仰る大学経営に活かせるか分らない。さらに、ご支援お願いいたします。』

(4)取材の観点からの注目すべき事項
@技術的な面
コンピュータはコウに弱いようだ。
アジを残して、あるいは様子見で他のところに着手するとコンピュータは途中で察知して手を入れる。
4子で昨年Crazy Stoneに負けたけれど、負けた碁を途中から打つことができるとのことなので、やってみたら勝った。再度、4子でやったら勝った。テリリーには入って来ないなど、棋風を知っていれば戦い易い。4子でもプロが未だ強いと思う。
コンピュータが直ぐにシチョウを解消しないのは問題である。
コンピュータは勝率が乱れると、人間のような辛抱ができない。
コンピュータは強いと思うと人間の方が深重になる。人間は気合の一手をコンピュータに対して打てるか。
コンピュータは投了するか。人間の投了する時の心理をコンピュータは理解できるか。

A「個および個の繋がり」の視点から
人間とコンピュータが対等に対局するには多くの課題があります。UECの「総合コミュニケーション科学」の進展、政府の「第5期科学技術基本方針」における「超サイバー社会」の出現などと関係すると想定できます。
AI、認知科学は各国の競争になっています。囲碁がこの分野に貢献できれば嬉しいことです。
GoRにおけるフランスとの囲碁交流においては、「超サイバー社会」の大局観を共有しながら進めると知的好奇心が湧き、交流が弾むかもしれないと考えました。やがて、RemiCoulomさんとの交流もあるかもしれません。

取材・編集後記
 第3回電聖戦は、世の中でAI・認知科学の重要性がますます高まっている背景の中で、異色の趙治勲25世本因坊を招いて行われ、福田学長の近未来の展望のお話もあり、エキサイティングな大会でした。フランス側に第3回電聖戦で活躍した RemiCoulom さんを紹介したい。
 伊藤先生、取材の機会を与えていただきまして、ありがとうございました。

<取材・編集梶原俊男、秋谷昂志